岡本太郎「なんだこれは」の元ネタと真意!名言に秘めた衝動の正体
日本のアート界のみならず、大衆文化の記憶に強烈な爪痕を残し続ける巨匠・岡本太郎。没後30年の節目を迎えた現代においても、彼が遺した強烈なヴィジュアルと言葉の数々は、世代を超えて再評価の波を広げています。中でも「芸術は爆発だ!」と並び、人々の脳裏に焼き付いて離れないフレーズが「なんだこれは」です。
一見すると単なる驚きや突飛なリアクションのように思えるこの言葉ですが、その背景には既存の価値観を根本から覆そうとした芸術家の切実な思想と、日本文化史を揺るがす決定的な発見が隠されていました。本記事では、伝説のテレビCMの舞台裏から、盟友でありパートナーだった岡本敏子の手記、さらには代表作『太陽の塔』誕生に至る道筋まで、取材データと一次資料をもとに徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「なんだこれは」の真の原点は1951年、東京国立博物館で縄文土器と対面した瞬間に発せられた魂の叫びにある。
- 要点2:1981年の日立マクセルCMによって「芸術は爆発だ」と共にお茶の間へ浸透し、国民的流行語として定着した。
- 要点3:理解不能なものに出会ったとき、安易に枠にはめず違和感を丸ごと肯定する姿勢こそ、混迷する時代を生き抜く最大の武器となる。
【誕生の真実】「なんだこれは」元ネタの起源|縄文土器との衝撃的邂逅
岡本太郎が放った「なんだこれは」という言葉のルーツを辿ると、昭和26年(1951年)の秋に起きた歴史的事件に行き着きます。当時、パリから帰国して日本の伝統美のあり方に強い違和感を抱いていた太郎は、ふらりと訪れた東京国立博物館の片隅で、無造作に陳列されていた縄文土器(火焔型土器)と巡り合いました。
弥生土器のような洗練された均整美や、わび・さびを重んじる室町以降の様式美ばかりが「日本美術の正統」と崇められていた時代です。その静寂を切り裂くように、荒々しく隆起する奇怪な文様と、呪術的なエネルギーを放つ土器の前に立ち尽くした太郎は、思わず「なんだ、これは!」と叫んだと自著『日本の伝統』や手記に記しています。
当時の特番インタビューや記録映像において、太郎はこの瞬間を「血管が逆流するような戦慄を覚えた」と述懐しています。それまで考古学の遺物に過ぎなかった縄文土器の中に、純粋で激しい美の根源を発見した太郎は、翌年に美術雑誌『みづゑ』へ論文「四次元との対話――縄文土器論」を発表。日本美術史の定説を根底からひっくり返すパラダイムシフトを巻き起こしました。つまり「なんだこれは」とは、計算されたキャッチフレーズではなく、未知の美と激突した人間の根源的な驚嘆そのものだったのです。

お茶の間を震撼させた1981年日立マクセルCM|「芸術は爆発だ」との連動劇
縄文土器との邂逅から30年後の1981年、「なんだこれは」はテレビという巨大メディアを通じて一気に国民的流行語へと爆発します。その決定打となったのが、日立マクセル(現マクセル)のカセットテープ「XLII / UD」のテレビCMでした。
鮮やかな衣装に身を包んだ岡本太郎が、巨大なアトリエでピアノに絵の具を叩きつけ、全身で跳びはねながらカメラ目線で「芸術は爆発だ!」「なんだ、これは!」と言い放つ演出は、当時の視聴者に凄まじい衝撃を与えました。関係者の証言によると、このセリフは広告代理店が用意した台本をなぞったものではなく、太郎のアドリブと現場の熱狂から自然発生的に引き出されたものでした。
当時、CM好感度ランキングで圧倒的な首位を獲得し、ビートたけしをはじめとする人気芸人たちがこぞってモノマネを披露したことで、小学生からお年寄りまで誰もが口にするフレーズへと進化しました。単なる商品のプロモーションを超え、「既成概念を打ち壊すエネルギーの象徴」として日本中に記憶されたのです。
【徹底比較】岡本太郎の代表作一覧と「なんだこれは」に込められた芸術哲学
岡本太郎の生涯における主要な足跡を振り返ると、すべての名作が「鑑賞者に『なんだこれは』と言わせる異物感」を意図して創出されていることが分かります。代表作の特徴と、そこに込められた思想的背景を比較検証してみましょう。
| 作品名 / 制作年 | 詳細・規模データ | 当時の一般的評価・常識 | 「なんだこれは」の視点と評価 |
|---|---|---|---|
| 太陽の塔 (1970年) | 全高約70m、基底部の直径約20m、腕の長さ約25m | 近代合理主義と科学技術の礼賛(万博テーマ「人類の進歩と調和」) | 大屋根を突き破る巨大な異形。進歩主義へのアンチテーゼとして圧倒的違和感を提示した。 |
| 明日の神話 (1968〜1969年) | 縦5.5m × 横30mの巨大壁画(渋谷駅構内設置) | 原子爆弾や被爆の惨劇を哀悼・告発する写実的プロパガンダ | 第五福竜丸の悲劇をモチーフにしつつ、絶望の炎の中でなお誇り高く燃え上がる人間の尊厳を具現化。 |
| 座ることを拒否する椅子 (1963年) | 陶器製・複数カラー展開、顔のような突起を持つ立体作品 | 家具は座り心地が良く、機能的かつ従順であるべきという機能主義 | 「安易な心地よさに甘えるな」と人間に対決を迫る、生活空間への痛烈な挑発。 |
| 書籍『なんだ、これは!』 (1980年代初版) | 角川文庫等でロングセラー、累計数十万部規模の読者層 | 美大生や教養層向けの高尚な美術評論書 | 誰にでも分かる平易かつ激烈な語り口で、常識の枠を壊す生き方を説いた人生論の決定版。 |

一般に知られていない盲点とネットの誤解|単なるウケ狙いではない思想の深淵
ネット上の言説やSNSの短い切り抜き動画では、岡本太郎を「奇抜なパフォーマンスで笑いを取る名物おじさん」と捉える浅薄な見方が散見されます。しかし、これは決定的な誤解です。
太郎が東京美術学校(現・東京藝術大学)をわずか半年で辞め、1930年から10年間滞在したパリでの経歴を検証すると、彼の行動が極めて厳密な学問的探求に裏打ちされていたことが分かります。太郎はソルボンヌ大学でマルセル・モースに師事して民族学・社会学を専攻し、バタイユが主宰する秘密結社「アセファル」の運動にも身を投じていました。
西洋近代の合理主義がいかに人間の生命力を飼い慣らし、矮小化してしまったか。その構造的病理を徹底的に分析した太郎にとって、「心地よい調和」や「きれいな装飾」は芸術の敵でした。人々が思わず「なんだこれは」と眉をひそめ、拒絶反応を起こす瞬間にこそ、抑圧された生命のエネルギーが解放される――。つまり、この言葉は計算された道化ではなく、高度な人間・社会批判を日常語に落とし込んだ思想的爆弾だったのです。
【実態検証】岡本太郎記念館と敏子の証言から読み解く創作の現場
東京・南青山にある岡本太郎記念館(旧アトリエ兼住居)を訪れると、太郎が発した言葉のリアリティを肌で感じることができます。床一面に散乱した絵の具の痕跡、天井高くそびえる未完のキャンバス、所狭しと並ぶ彫刻の原型。そこには、84歳で生涯を閉じるまで「未知なるもの」と格闘し続けた生々しい痕跡が保存されています。
太郎の伴侶であり、事実上のプロデューサーとして生涯を支えた岡本敏子は、数々の著作や回想録の中で次のように語っています。
「太郎さんはいつも『わかったような顔をして見るな』と言っていました。『なんだこれは!』とギョッとすること。それこそが人間が生きている証拠であり、新しい世界への入り口なんです」(岡本敏子の手記より要約)
敏子の証言が示す通り、太郎は自身が制作する際にも、自分自身の内側から湧き出る「理解不能な衝動」に忠実であり続けました。あらかじめ完成形が見えているような小器用な作品づくりを徹底的に拒絶し、自分自身さえも「なんだこれは」と驚愕するような表現を追い求めたからこそ、数十年を経ても色褪せない生命力が作品に宿っているのです。
【プロの結論】同調社会を突破する「太郎語録」の活かし方と向き不向きの判断基準
心理学や社会学の観点から分析すると、日本社会特有の「同調圧力」や「空気を読む文化」は、個人の心理的バウンダリー(境界線)を曖昧にし、他人の評価軸で生きる息苦しさを生み出しがちです。失敗を恐れて正解ばかりを検索する現代人にとって、岡本太郎の語録は強烈な解毒剤となります。
ただし、太郎の思想は万人にとって都合の良い癒やしではありません。自身の性格や現在の心理状態に応じて、受け止め方を慎重に見極める必要があります。
▼岡本太郎の思想を取り入れるべき人(向いている条件)
・周囲の目を気にしすぎて、自分の意見や本音を押し殺してしまう人
・「失敗したらどうしよう」という減点方式の思考から抜け出せない人
・合理性や効率ばかりを求められる仕事に虚しさを感じている表現者・ビジネスパーソン
▼受け止める際に注意が必要な人(慎重になるべき条件)
・精神的に過度の疲労を抱えており、まずは絶対的な安心と休息が必要な状態の人
・「破壊と対決」のメッセージを文字通り受け取り、周囲への無差別な攻撃性へと転嫁してしまう人
太郎が説いたのは「他者を打ち負かすこと」ではなく、「昨日までの怠惰な自分を壊し、純粋な命の炎を燃やすこと」です。他者との不毛な衝突を避ける健全な境界線を保ちつつ、自分の心の中に眠る「衝動」を信じる勇気こそ、私たちが受け継ぐべき真の遺産と言えます。

【岡本 太郎 なん だ これ は】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「なんだこれは」と「芸術は爆発だ」は同じCMで発言されたものですか?
A1:はい。1981年に放送された日立マクセルのカセットテープCMにおいて、岡本太郎本人が両方のフレーズを強烈な身振り手振りと共に発言し、大ブームを巻き起こしました。ただし言葉の思想的ルーツとしては、「なんだこれは」は1951年の縄文土器との出会い、「芸術は爆発だ」は1970年代の自身の芸術論にそれぞれ深く根ざしています。
Q2:岡本太郎の本で『なんだ、これは!』というタイトルの書籍は実在しますか?
A2:実在します。角川文庫などから出版されており、太郎が自身の芸術論や人生観、社会への鋭い提言を情熱的かつ明快な語り口で綴った名著です。『自分の中に毒を持て』や『壁を破る言葉』と並び、若者やビジネスパーソンにも広く読まれ続けています。
Q3:なぜ太陽の塔はあのような奇怪な形をしているのですか?
A3:当時の万博テーマであった「人類の進歩と調和」に対し、太郎が「進歩ばかりを礼賛して人間の根源的な生命力を忘れてはならない」と強烈な問題提起(アンチテーゼ)を投げかけたためです。丹下健三が設計した幾何学的な大屋根をあえて突き破る形で建設され、過去・現在・未来、そして人間の根源的な魂を象徴する4つの顔を持つ異形のタワーとして誕生しました。
まとめ:予定調和を壊し「自分だけの衝動」を解き放つために
AIが瞬時に無難な正解を導き出し、あらゆる情報がアルゴリズムによって最適化される現代。私たちは無意識のうちに「わかりやすさ」や「予測可能な安心」の中に閉じこもってしまいがちです。
そんな時代だからこそ、岡本太郎が遺した「なんだこれは」という叫びは、鈍重になった私たちの五感を鋭く覚醒させます。理解できないもの、割り切れない違和感に出会ったとき、安易に拒絶したり検索して片付けたりするのではなく、「なんだこれは!」と面白がり、全身で受け止めてみる。その予定調和を打ち破る一歩こそが、誰のものでもない自分自身の人生を爆発させる原動力になるはずです。 (出典: 岡本 太郎 なん だ これ は(Yahoo!ニュース))